Web Café "Prelude"

あるパソコン自作オタクの妄想

ジュン=主人公・アサミ=ジュンの主催するPC 自作教室の生徒

「これが、マザーボードだよ」ジュンは MSIのロゴのついた箱をアサミに見せる。

「わー初めて見る!」アサミは、まるで子供のように目を輝かせる。ジュンはアサミの笑顔を確認すると箱を開ける。

「これが、ソケット。CPU を挿すところだ。そしてここがメインメモリ。これが、チップセットだね。」

intel のロゴを指差し、アサミもその指の先の文字を見ている。

アサミは、純粋にパソコンの中がどうなっているのか興味をもってこの教室に応募した。子供の頃から、時計やらオモチャやらを分解するのが、大好きな少女だった。しかし、外見は清楚な色白な女性であり、ジュンもアサミの意外な一面に心惹かれていたのだ。今日のアサミも淡いブルーのワンピースで、化粧もほとんどしていない。

今日の教室は、2人で進行していた。いや、実際にはジュンがアサミとの食事の約束を取り付けたいがために、綿密に計画したのだ。

「さ、そこにある箱を取って」ジュンが、箱を指差す。

「これですか?」アサミが、intel Pentium III Processor とプリントされた箱を持ち上げジュンの目を見て確認する。ジュンはアサミに目を奪われるが悟られないように、小さく頷いた。

「それが、CPU だ。開けてごらん」「ハイ」アサミは、いかにもワクワクしながら CPU の箱を開ける。清楚な女性が、intel の CPU の箱を開けているのを見て、ジュンは違和感を感じずにはいられなかった。中の CPU を発見すると、子供が地面を歩く昆虫でも見つめるように眺めている。

「そいつが、演算することによってパソコンは動いているんだ」「へぇ、こんなゲジゲジ君がねぇ」アサミが感想を述べる。プラスティックの箱を開け、CPU 本体を手にとり胸の前にかざした。ブルーのワンピースに、緑色の CPU 。光の加減で、アサミの胸の前で CPU が光った。

「よし、それをさっきのソケットに挿すんだ」「はい」

アサミは、カブトムシでもつかむように CPU を持ち、ゆっくりとソケットに挿す。しかし、うまく入らない。

「ここにね、ピンがあるだろう。こことソケットを合わせて挿すんだ。その前に、このレバーがあるだろう。これを立てるんだよ」

アサミは言われた通りに、CPU を大事そうに上にかざして、ピンを確認した。そして、ソケットのピンが入る箇所を確認する。

ジュンが、レバーに手をかけると同時にアサミの手もレバーに触れた。二人の手が Socket 370 の上で重なる。ジュンはそっと、アサミの手を握った。アサミの手は温かい。アサミは驚きながら、ジュンの顔を見る。「ど、どうしたんですか先生?」

「アサミ君、実は君のこ…」

「言わないで!それ以上。先生、私は、主人も子供もいるの。私には…」

「アサミ君。僕は、僕は。君の女性としての魅力に惚れてしまったんだ」

いつの間にか、アサミの手から、intel Pentium III Processor がこぼれ落ちる。

「先生のこと私、本当は、好き」アサミは涙をこぼしながら、床に落ちた CPU を眺めていた。

アサミは、ジュンの肩に抱きついた。

「僕は、アサミを一人の女性として愛したい。たとえ、それが許されない恋であっても」

「ううっ。…。」涙で言葉が出ない。

ジュンはアサミを強く抱きしめ、その可憐な唇にそっと口づけをした。涙がジュンの口にもこぼれた。

二人は無言で体を離すと、不思議と笑いがこみ上げてきた。本当は二人とも思いを隠しながらも、同じことを考えていたのかも知れない。

「さ、今日はこれで講義もおしまいだ。この続きはまたしよう」ジュンが口火を切った。

「そうですね、私も今日はこれ以上勉強できない気がするわ」

教室を片付けると、二人は手を組み地下鉄に向かった。6月の空は綺麗に青く澄み渡り、白い雲が綿菓子のように浮ぶ。風は、2人を祝福するようにやさしく両方のほほを撫でていた。二人を知る人がいるかも知れない。そんなスリルも今の2人には、心地良かった。

2人が地下鉄すすきの駅で降車すると、辺りは、すでに夕闇が西から浸食してきた。薄暗い空から地上に目を落とすと、店のディスプレーやネオン、街灯が目に突きささる。歩いている人々はこれから始まる宴に心弾ませ誰もが楽しそうだ。スーツの男性、頼りない足取りの厚底靴の少女、彼女達を品定めする髪の長い少年達。角地にあるシャッターが降りたデパートの前を通過する2人に少女の歌声が耳に入ってきた。

二人は、夜景の見えるビルの最上階の店に入った。昨日まで高校生だったような若い男性店員が、2人の前に立ち注文を促した。

「ビールを」ジュンが注文する。

「じゃ、私もビールを下さい」

店員は注文を繰り返し、厨房に向かった。

「先生のことずっと見つめていたの。私」アサミがテーブルの上の灰皿をくるくる指でなぞりながら、申し訳なさそうに言った。

「そうだったんだ。僕は君のことを考えながら講師をしていたよ。これじゃ、講師失格だね」

「うふふ」アサミは手を口元に当てて笑った。世界が2人のために用意したような素敵な笑いだった。

「私ね、主人とは初めてだったの。男性とお付き合いしたのがね。だから、他の男性がどうやって女性を誘って、どうやって寝るのか全然わからないの」

別の女性店員が、2人のテーブルにビールを持ってきた。コースターを敷いてその上にビールを置いた。まるで儀式が執り行われているかのように、厳かにゆっくりと礼をして席から離れた。

「そう、僕はね、ずっと女性を口説くのがヘタでね。惹かれた女性がいても全く自分の気持ちを伝えることができなかった。でも、必ず寝ることになる女性は最初に直感みたいなものを感じるんだ。僕はこの子と寝ることになるだろうってね」

「…私は?」アサミがちらっとジュンを見て、すぐにビールのグラスに目をやった。露がグラスに二つの道を作りながら落ちコースターに滲んだ。

「僕と寝ることになる」ジュンが静かに言った。アサミはその言葉に驚きもせずに、ビールを口に運んだ。ジュンも、半分ほど飲む。喉に染み渡る味は、これから訪れる2人の許されない過ちの恋の味がした。

01/06 日記より引用

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