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bakery 1
Last Modified : Sat, January 06 22:02:36 2018
2002-07-25 / bakery 1
出会いはお客さんとしてだった。僕は 19 歳で、学生で、世間一般と同じように、金がなかった。だから、パン屋さんでアルバイトをしていた。よくある街のパン屋さんで、奥さんが手伝いをして、無口な主人が厨房で卵をかき混ぜる。そんな店だ。でも、僕はそのパン屋が好きだった。パンの匂いは心地よかったし、奥さんはまるで母親のように僕に接してくれた。時給は安かったけれど、僕はそのパン屋にいる時間が好きだった。
彼女が店に来たのは、土曜日の昼で子供連れだった。
「いらっしゃいませ」
僕は、彼女にもいつもどおりの接客をする。小学生くらいの男の子は足をトントンと音を立てながら、菓子パンを選び、彼女は食パンを選んでいた。レーズンが入ったもの。黒い一斤のパン。白い一斤のパン。彼女は、ビニールに包まれた白の一斤のパンを持ち上げ、トレーに載せた。男の子は、チョコレートが沢山入ったパンをトレーに無理やり載せると、いたずらっぽい顔をした。そして、僕は、その一部始終をなんとなく眺めていた。彼女と男の子は、レジに来ると僕を無視するかのように今夜の晩御飯の内容について討論していた。
「780 円になります」
「…」
彼女が僕の顔を初めて見た。色気のある顔だった。決して美人というわけではないけれど、しっとりした黒のワンピースが彼女の雰囲気にあっている。色白で少し大きめの口にのった、真紅の口紅がとても鮮やかに見える。髪は、背中まで垂れていて黒く美しい髪だった。白くて冷たい手から 1,000 円札を受け取り、彼女に釣り銭を渡した。
「ありがとうございました」
僕は、彼女のことを店の出口まで、レジに立ったまま見送ると、焼きあがったパンを並べる作業をまた始めた。
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