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Lunatic Moon 10
Last Modified : Sat, January 06 22:02:38 2018
2002-06-15 / Lunatic Moon 10
帰ってきた自宅は、日常であり、僕であり、生活だった。彼女を居間に通し座らせると、僕は遅い朝食、あるいは昼食を作った。卵とハムを焼き塩とこしょうをふりハムエッグを作った。ミルクと卵を混ぜてトーストを焼き、フレンチトーストを用意した。白い大きな皿によそうと、テーブルに並べた。彼女と二人で食べる食事は、初めてだったけれど、それもまた、あるいは日常なのかもしれない。僕であり、生活なのだ。
「おいしいわ。見直したわ」
「一人暮らしが長いとダメだね。正直、結婚しなくてもこんな感じでやっていけるんじゃないかと思ってしまうよ」
僕は、部屋に干してある洗濯物を見ながら、ハムエッグを口に入れ、彼女に話した。
「ああ、君の服を買わなくてはならないね」
「うん、ごめんなさい。でもどうやって買うの?」
あいにく僕は、しばらく彼女と呼べる人はいなかったので、女性もののストックがなかった。考えてみたら女性用の下着やら服やらを持っている独身男性はそうそういないだろう。仕方ない。買いに行こう。そうしないことには、彼女は外に出るのも困難だろう。
「わかった。僕が出かけて買いに行くことにするよ」
「ごめんなさい。ちゃんとお金は返すわ。店の待機する部屋に行けば、私の私物がまだあるはずだから。私をおいて行ったお客さんが持っていたバッグには、精算用のお金しか入ってなかったから」
「ああ、でもいつでもいいさ。気にしない。彼女もいないからお金を女の子に使うこともないからさ」
「うん」
僕たちは食事を終え、僕が一服をしている間に、彼女は洗い物をした。よく気がつく娘なのかもしれない。それが済むと、僕はまた車に乗り、ジャスコに向かった。女性ものの服を買いに行くのは、初めてだった。
「どんな服をお探しですか?」
ジャスコのテナントの店員は、綺麗なモデルのような子で、まるで雑誌から飛び出して来たようだった。僕は、その子と交際していることを考えた。雑誌の中から飛び出したモデルの女の子。しかし、馬鹿げた妄想は現実感がない。まるで、彼女と食事をしたり、買い物をしたり、セックスしたりすることが想像できないのだ。
「実は、わけあって一人の女の子の服を買わなくてはならなくなったんだ。しかし、サイズやら何やらが全くわからない。そうだな、君くらいの背丈の子だよ。ワンピースか何かをもらえないだろうか? 歳は 20 位で、少し派手な感じの子なんだ」
「かしこまりました」
雑誌のモデルの彼女は、一瞬困ったような顔をしたが、すぐに雑誌のモデル的な笑顔に戻り、そう答えた。そう彼女は、服を売る仕事をしているのだ。後ろの部屋に戻ると、彼女は綺麗な青のワンピースを持ってきた。問題ない。僕は女性ものの服を買うことは初めてだったし、なんだか気恥ずかしいし、その服を買うとそそくさと店を出た。
自宅に戻り彼女に服を渡すと礼を言い、また僕の目の前で着替えた。彼女は仕事として、お客の前で裸になるのだから、隠れて着替えるという感覚がなくなっているのかもしれない。サイズは問題なかった。
「ありがとう。大切にするわ」
「うん。なんだか印象が変わったね。気に入ってくれたならプレゼントするよ。お金はいらない。」
「うふふ。ありがとう。ねぇ、貴方は裸の私しか知らないでしょう? 」
「そうだね。裸を先に見るっていうのは、恐らく一般的な出会いの形態ではないだろうね」
「そうね。非日常的だわ」
この違和感は、恐らく日常の中にあるからなのかもしれない。非日常的な彼女を日常的な物象である僕の部屋に見ることで、違和感を感じるのだ。
彼女は、姿見の鏡を見ながら、1回転してまた自分の姿を確認した。そして、鏡越しに素敵な笑顔で笑った。僕はタバコを吸いながら、そんな彼女を見ていた。
「最後にひとつだけお願い。私を地下鉄の駅まで送って欲しいの」
「わかった。これでお別れだね」
「そうね」
僕たちは、車に乗り込み地下鉄の駅に向かった。何も変わらない日曜日の街は晴れ渡り、少しだけ車が混み、少しだけ物憂げだった。
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