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神戸長崎大阪の旅 02
Last Modified : Sat, January 06 22:02:33 2018
2002-10-06 / 神戸長崎大阪の旅 02
朝 7:00 に目を覚ます。いつもの通り携帯電話のアラームだ。カーテンは閉められ、同じ部屋で眠る二人の大きないびきが聞こえる。重い死体を雨に濡れた黒い床の上で引きずるようないびきだった。
僕は、彼らを起こすように(そんないびきの中で二度寝できる気がしなかった)大きな声であくびをした。僕の大きなあくびに二人はのそのそと身を動かし始める。ゾンビが死体を食べに起きたように見える。
「おはようございます」僕が言う。
「おはようございます」眠そうに二人が声をそろえて言う。
7:30 から、1階の吹き抜けの中庭で、朝食を摂る。早朝の朝陽は、白いテーブルクロスを照らし僕はその明るさに少しだけ、瞳を閉じる。メニューは、昨夜の料理から推測されるように、フランス風であり、パンとヨーグルトと、よくわからないスープが出た。僕の人生の朝食としては最も高価な朝食であり、最も身分不相応な食事でもあった。僕はポルシェに乗る人種ではない。安物のトースタで、198円の食パンを焼き、100円のイチゴジャムを塗りたくって頬張る方が合っているのだ。
大げさな朝食を済ませると、部屋に戻り準備を整える。準備と言ってもバスに使った用具と、充電した携帯電話をコンセントから取り外すくらいなものだ。10:00 の出発まで時間がある。僕はバッグから「海辺のカフカ」を取り出して、また読み始める。二人は、北朝鮮拉致問題を取り上げた番組を見ている。音量が大きい。彼らもボソボソと、それらの問題について軽く話した。僕はベッドで黙々と本を読む。多分、彼らは僕を人嫌いな人種と分類しているだろう。気にしない。僕は小説を読みたいのだ。
9:00 に、薄曇りの神戸からバスで大阪に向かう。兵庫県から大阪府までの道のりは高速道路で行けばあっという間だ。しかも、今日は日曜日。道も空いている。僕は、バスで二人掛けのシートに一人で座り、神戸の港と大阪の港を眺めていた。もしかしたら、今日は雨が降るかも知れない。
ユニバーサルスタジオジャパンに到着したのは、予定時刻の10:00より15分程度早かった。既に、観光バスは並び、入場している団体もいる。僕らも入場した。
ユニバーサルスタジオジャパンに関しては、これから行く人々も、もしかしたら読んでいるのかもしれないので、ここでは割愛させていただく。楽しい場所であったのは間違いない。しかし、1日でほとんどのアトラクションは見学することができるので、(昨今のユニバーサルスタジオジャパンの、不祥事により最盛期より随分待ち時間が少なく済んだ)日程の参考になればと思う。
ユニーバーサルスタジオジャパンでの、楽しい時間が終了し、再びバスに乗り込んだのは17:00。朝の薄曇りから昼にかけて大いに晴れ渡ったので、色白の人は赤く日焼けをしていた。今年の北海道の夏は、冷夏であり、ほとんど太陽に当たる機会がなかった人もいるのだから当然かもしれない。しかしながら、バスに乗り込む時刻には、涼しい風と怪しい黒い雲が空のどこからか現れて、雨の匂いが少しだけしていた。
大阪南港に到着し、今夜過ごすことになるクルーズ船「飛鳥」の停泊しているところに到着した。既に大降りの雨が空から落ちていて、港を歩いていた傘を持たない男女は、あわてて港の施設に隠れ、傘を持つ見送りの人々は、大きな飛鳥を見上げていた。
乗船手続きを終えて部屋に入る。荷物を持ってきたフィリピン人のベルボーイに礼を言い、同じ部屋に泊まることになった昨夜、相部屋だった彼に少し本を読むことしたいと断る。
「うん。問題ないよ。本が好きなんだね」彼は昨夜と今朝と同じようにぼそぼそ答えた。
「○△■、…なんだ」
僕は、既に本を読んでいたので、彼が言った言葉が聞こえなかった。
「うん?」僕は少し微笑みながら聞き返してみた。面倒くさそうに聞き返しては、彼の虫の居所が悪くなってしまうだろう。
「うんと、簡単に言うと結婚しようと思っているんだけど、いまいち踏み切れないでいるんだ」彼は、僕の目を見ないで、いかにも悩んでいるような顔で言った。
やれやれ、僕は小説を読みたいのだ。昨日初めて会ったほとんど素性の知らない人の結婚の可否を僕が決めることなんてできるわけがない。第一、僕は結婚したことがないのだ。
「一回結婚に失敗してね。今付き合っている彼女はいるんだ」大阪港のコンテナリフトを眺めながら彼は独り言のように言った。
「そうですか。結婚したらいいじゃないですか」悩んで人に打ち明ける時には、その人の心はほとんど決まっているのだ。背中を押して欲しい時に、人に悩みを打ち明ける。
「彼女には、子供が二人いるんだ」
「何歳の子供ですか?」
「小学生になる前の子さ」
よくわからないけれど、再婚した時の子供というのは、何歳であっても結局は彼らに自分が本当の親ではないことを告げなければならないし、それは遅くても早くてもショックなことには違いがない気がした。でも、最初からわかっていて、彼らに接していれば、何かが救われる気がする。早いに越したことはない。多感な時期に結婚するよりは、小さい頃に結婚した方が、理解してもらえる時間があるだろう。でなければ子供たちが成人する頃まで待つしかない。成人していれば、親が結婚しようが別れようが関係ないだろう。自立した一人の人間になっているのだから。という内容のことを僕は彼に伝えた。彼はおおよそ同意したようだった。あるいは、同意したように装った。
会話が完結したようなので、僕はまた本に戻る。主人公の少年は、自分の存在について悩んでいた。
19:30 に、食事が始まる。正装で食べるコースディナーだ。豪華客船ならではの夕食だ。女性は、あるいは華やかに着飾り、あるいは清楚に装った。男性は、ネクタイを締めていて、女性たちをエスコートした。ほとんどの乗船客は裕福であり、ある程度、歳をとっていた。若いのは僕らだけのようだった。僕は、メニューをみて、(読んでも意味がわからなかったけれど)エスカルゴの料理と、サーモンの料理を選んだ。どれを選んでも、おそらく僕には違いがわからない。
食事を終えると、皆が歩いている方向に歩いていく。部屋に戻って彼の悩み相談に乗りたくなかったのもあるけれど、少し酒も飲みたかった。小さなホールに進むと、ダンスショウがあるとアナウンスしている。さして興味もなかったけれど、豪華客船でのダンスの夕べというのも悪くない。結婚するのかしないのかは僕に関係ないのだ。
しかし、彼に会ってしまった。仕方ない。
ダンス自体は、退屈この上ないものであり、僕にとっては時間の無駄でしかなかった。そうだ。ダンスなんてもともと興味がないのだ。なぜ見たのだろう。隣にあるピアノラウンジで酒を飲めるので、バーボンを飲むことにしよう。
しかし、ホールを出たところでその希望は、儚く打ち砕かれることになる。僕たちとツアーで一緒に来た女性が座っていたところで、僕を発見してしまったのだ。二人の女性は、二人とも背が高くて同じようにストレートの髪をしていた。一人は黒髪で、もう一人は、金髪に近かった。
「あら?」金髪の彼女は僕を見つけると声を上げた。
「やあ」手を上げて合図する。隣の彼も挨拶した。
「何してたの?」彼女は、黒いワンピースであり、170cm近い身長で、細身であり服もよく似合っていた。面長の顔はすっきりした顔立ちだけれど、少し冷たい印象を与える。楽しいことがあって微笑んでもどこか冷めた印象があり、それに関しては彼女は損をしているのかもしれないし、本当にどこかで冷めているのかもしれない。そして、黒髪の彼女は、何も話さず、金髪の彼女と僕たちを目で追っていた。あるいは宙に浮かぶ「会話」を見ていたのかもしれない。
「ショウを見ていたよ。少し眠たかった」僕が答える。
「うふふ」彼女は少し冷たく笑った。あるいは、愛想笑いをした。
「これからどうするの? 11 時に夜食が食べられるまでの時間まで暇なのよね。船内を探検したいのだけれど」彼女は僕の顔を見て質問した。
「そうなんだ。僕はお酒を少し飲みたいんだ」僕は答えた。
「…」彼女は次の言葉を待った。その間を感じて、僕は気がついた。
「エスコートが必要なんだね?」
彼女は微笑んで、頷いた。お酒が遠のく。僕は一人でお酒が飲みたかったのだ。そんな僕の気持ちをかき消すように、彼女たちは立ち上がった。ヒールを履いた彼女たちは僕とほとんど同じ身長だ。しかも二人とも。ついてきていた彼は、160cm 台であろう。僕たちが並ぶと異常に背が低く見えた。別に僕たちが特別背が高いわけではないけれど。
船内には、数ヶ月過ごす人々のために各種設備が揃っていた。理容室もあるし、ランドリーもあった。甲板に小さなプールがあり、その手前にはジャグジーがあって、その後方にはスポーツジムがあった。そんなところを見物して、はしゃいでいる彼女らの少し後ろを僕は歩いた。金髪の彼女は、ジャグジーに手を入れて、温かいよと感想を述べる。はしゃいでいる彼女と無言で手を入れている黒髪の彼女も、少しだけ微笑んだ。そして、僕と一緒の部屋の彼は、彼女に続いて手を入れる。
23:00 を回った瀬戸内海の空は、真っ黒で少しだけ雨が降っている。雨はまとわりつくように僕の顔に当たり、濡らすまでには至らない。スチームを浴びているような細かい雨だった。進行方向の右岸には、兵庫県の灯台が少し光っていて、いくらかの感覚をおいて、街の明かりがあった。左岸には、黒い島影が見えて、灯台も少しだけ見えた。海はおおよそ穏やかだ。黒い海は、船に当たると、白く砕けて後ろに流れていく。
また、船内に戻りルーレットをしている部屋(あるいは少し大きな廊下の広場)を通りかかった。彼女達は、それに興味を持ったらしく、見物に行く。僕は、「お酒を飲みに行くよ」と言って、その先にあるピアノラウンジに行く。
カウンターに座り、フィリピン人のバーテンダにフォアローゼズを注文する。ピアノの横では、4人編成のバンドがハワイアンを演奏していた。本当はピアノの演奏が聞きたかったけれど、問題ない。ハワイアンでも、デスメタルでも、お酒は飲むことができる。一人で。しかし、5 分後の彼の訪問で一人の時間は終了した。
「やあ、ここで飲んでいたのかい」彼は笑いながら僕に手を振った。
「うん、少し飲み足りなくてね」
彼は僕の右隣に座り、僕のグラスを見て、フィリピン人のバーテンダにジョニーウォーカを注文した。
「僕もお酒は大好きなんだ。昔は結構飲んだんだよ」彼は言う。
「そうなんだ。僕もお酒は好きなんだ」グラスを口に運びながら答える。
彼は、昔のお酒を飲んだ時の話をした。面白い話ではなかった。適当に相槌を打ちながら、バンドの演奏を聴いた。サイモンとガーファンクルを演奏している。バンドもフィリピン人だ。音はプロフェッショナルであったし、ハーモニーはそれなりに美しかった。これだけの客船で演奏しているんだから、本国の家族はもしかしたら、それなりにいい暮らしをしているのかもしれない。
フィリピン人のバーテンダは適度に灰皿を交換したし、絶妙のタイミングで追加の注文を聞きに来た。そして、数杯のグラスを開けると、バンドの演奏が終わった。バーテンダが店が閉まる旨を僕に伝える。
部屋に戻り(彼はかなり深く酔っている様子だった)、着替えて横になったところで僕の携帯電話が鳴った。麻雀の誘いだった。僕はまだ眠くもなかったし、お酒も飲みたかったので、誘いに乗ることにした。そういえば10年ぶりに打つ。久しぶりだな。僕は彼に、麻雀に行くと伝えた。彼はベッドで横になり目を閉じながら「あいよー」と答えた。あの様子ならすぐに眠ることができるだろう。
カードルームと呼ばれるテーブルゲーム専用の部屋でマージャンをした。久しぶりの割りには、問題なく打てた。ここでも、ビールを3本位飲んだ。気がついたら4時になっている。少しだけ空が明るい。
部屋に戻ると、彼が布団を抱いていた。トランクスから伸びた毛深い太ももが見えていた。彼も苦労しているんだろうと思う。一人の女に惚れたけれど、子供がいる。離婚したばかりだ。子供のことを思うと結婚に踏み切れない。仕事も忙しいという。僕は、彼の布団を適正な位置に戻す。しかし、彼は起きてしまう。
「うんー。今何時?」彼はしゃがれた声で聞く。
「4 時過ぎだよ。ごめんね。起こしちゃって」僕は起こしてしまったことを詫びた。
「いやいや」彼は適正な位置でまた目を閉じた。
僕は服を脱ぎ、ベッドに横になった。ベッドサイドテーブルには、夕方に読んでいた「海辺のカフカ」がそのままの状態で置いてある。照明を落とし、眠りにつく。心地よい酔いと、ゆったりと揺れる船体に身体を預けて。
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